映画が公開されたので漫画『先生の白い嘘』を読み返してみた。

24歳の高校教師である美鈴が4年前に親友である美奈子の彼氏・早藤に強姦されてから、それをネタに支配・脅迫され、長年にわたって性的関係を強要されているという物語のベースとなる要素がある。そこに、受け持つクラスの生徒との恋愛があったり、メインキャラの複雑な家庭環境とか恋愛事情とかが色々絡んでくる物語。1巻が出た10年くらい前の当時から買っていて、全8巻全て所有している。

さて。映画化が発表されて美鈴役の奈緒と早藤役の風間俊介がかなり理想的だと思ったから楽しみにしていたんだけど、何と監督が奈緒サイドから提案されたインティマシー・コーディネーターの介入を拒んだというのをインタビューで見て暗澹たる気持になってしまった。

物語のキモは原作者である鳥飼茜も映画化に際してコメントを寄せているように、性被害を被害だと言えず闇に葬られた事件の被害者が数多くいることへの問題提起だ。原作の中では、加害者である早藤が物語を象徴するセリフを口にするシーンがある。

「もしこれが暴力だったら傷付くの誰か自分が一番わかってんじゃん ホントは暴力された女になんか成り下がりたくないんだろ? 私は求められた女なんだって思い込めば楽になれるよ 暴力も愛も自分の思い込み次第って 女ってそういうエゲツない生き物だろ」『先生の白い嘘』第2巻 122Pより


早藤はこの女性の心理を巧みに操って何度もレイプを繰り返しては支配して、まるでそれが愛情かのように振る舞うクズである。この言葉を美鈴にあえて言うことで“同意”を得たつもりになっているし、自身の歪んだ認知を正当化している。

さらに割と信じられない描写ではあったけど、早藤が美人で処女の歯科衛生士を飲み会の席でトイレに軟禁してレイプするシーンがあって、その後、その歯科衛生士が早藤にぞっこんになって犯罪にまで手を染めるという展開もあったんだよね。

正直読んだときは、それはねえだろよと思ったものの、読み返すと2巻の前述した早藤の言葉がまるで呪いのように襲ってきて、「自分が被害を受けたかわいそうな存在」だと思いたくない女性が、されるがままに擬似的な愛だったと信じ込んで相手に心酔することで、自分を傷つけないようにする防衛本能みたいなものがあるのかなと思った。あと処女のインプリンティングみたいなのもあったのかな。初がレイプは嫌だから愛ある行為だって思い込みたいみたいな。それも早藤の策略だったんだろうけど。

ただ、美鈴の場合は強姦が被害だと認識はしているものの解離症状にずっと悩まされているところを見ると、自分を絶対的な被害者だと思いたくない意識が邪魔をして早藤に支配され続けているように見えた。

ここで「あれは強姦だった」と声高に叫ぶことで自分が傷つく。いや「あれはそうじゃなかった」としたほうが楽。でも心身は確実に傷ついている。そこで齟齬が生じて解離の原因となっている。

この作品は、そういう人たちの希望を描いた作品だったはずだ。

なのに、インタビューではその担当ライターが書いたところによると美鈴は早藤に惹かれつつあることになっているし、監督は上に書いたとおりだし。

映画、どうなってるんだろう。原作者が映画は一度自分の手を離れた、みたいに書いていたのが少し引っかかったんだけど、まさか、美鈴が本当に早藤に惹かれているような話になっていたら原作レイプも甚だしいなと思った。いやまさかね……。