アンドルー・ワイル『人はなぜ治るのか 改訂版』を読了。これは私のバイブルになりそうな名著だった。ワイルは中国医学や代替医学を取り入れながら、人が本来持つ治癒力を引き出す統合医学を提唱しているアメリカの医学博士。自身がどうしても治らない病に直面にした際、ホメオパシーでいとも簡単に治ってしまったことに端を発して、代替医療がなぜ効くのかということを徹底的に分析していく様子が非常に興味深かった。
ちなみに私はホメオパシーについては否定的だ。実際にレメディーも口にしたことがあるが、全く効かなかった。ワイルも手放しでは信じておらず、自身にはてきめんに効果があったものの疑ってかかったことが統合医療を提唱することに繋がっている。レメディーは薬効のもととなる物質を分子が残らないレベルまで希釈して振盪した液体に砂糖玉を浸して作られている。液体自体の分子構造が変化している可能性も無きにしもあらずだが、これは現在の科学においては考えられないことなので、ワイルはホメオパシーや他のちょっと怪しい代替医療について「信じる力」が強く作用していると考える。
そうなんだよ。信じる力の強さよ。治療者がガチで信じていた場合と信じていない場合、患者の治癒率が全く違うんだそうだ。これは何も代替医療だけに言えることではなく、通常のアロパシー医学においてもいえそうだよね。今は法律が変わって研究以外では使われていないプラセボも、当時は医学的には説明がつかないほど効いていたとか。
さらに本著では、後に研究の結果、治療効果がないとわかった心臓病の手術が高い治癒率を誇っていたことにも触れている。つまり患者は手術してもらったという事実に安心して、実際には何ら効果がなかった手術にも関わらず、自らの信心から病を治してしまったというわけになる。すごい。
というわけで信じると病気が治るよ、という話について実際の研究や論文、民間療法の不思議と高い治癒率などに触れながらまとめられている。また、医学はその時代によって流行があり、英雄医学の時代からの主流となる医学の変遷についても書かれていて、とにかくめちゃおもしろかったのでオススメ。というかTwitter(現・X)でどなたかがオススメされていて興味を持って読んだので感謝です。
*
昨今のドラマについて。現実でいじめ問題が社会問題化してるから、たびたび学校ものに取り入れられている。これはいいとしても、メインとなる登場人物がいじめっ子たちを大声で叱る→いじめっ子たちが涙を浮かべて謝罪する→いじめられっこ子は「一生許さない」orなんだかんだで和解してめでたしめでたし、みたいな流れが多いけど。2年くらい前から、こういうのが増えたと思う。
これ、いじめに遭っている当事者はどう思いながら見ているんだろう。
スカッとするんだろうか。こういうことになればいいのになって思うんだろうか。白々しいと思わないんだろうか。
そもそもいじめっ子が素直に謝るわけないし、何なら親を現場に巻き込んで味方につけていろいろやってきて学校も協力しないし有耶無耶にしようと頑張る老害教師たちがわんさかいて、メディアに取り上げられたらようやく重い腰を上げるってのが現実ではないのか。
しかもいじめられっ子のほとんどって泣き寝入りしてるよね? 果たしてそういう正義を振りかざしたドラマが、その人たちの希望になっているんだろうか。ドラマのあの無駄に熱いキャラの怒号とか。怒鳴り声って普通、嫌なものでは。たとえそれが自分を味方する人が発したものだったとしても、なんで静かに淡々と話せないの??? 怒鳴らなきゃ届かないって思ってるの? って思ってる人多いと思う。しかも怒鳴り声って、大事な内容よりも怒鳴り声の恐怖に集中させるよ。だから内容は相手の頭に入っていかないよ。
元気な人たちは正義の怒鳴り声大好きなんだろうなーって思っちゃった。いじめられっ子って大きな音、嫌いだと思うよ。自分が不当に怒鳴られてきた人も多いと思うから。ここでもまた当事者が置き去りにされた脚本なんだなあと。そんなことをとあるドラマを見ながら残念に思った次第。
ちなみに私はホメオパシーについては否定的だ。実際にレメディーも口にしたことがあるが、全く効かなかった。ワイルも手放しでは信じておらず、自身にはてきめんに効果があったものの疑ってかかったことが統合医療を提唱することに繋がっている。レメディーは薬効のもととなる物質を分子が残らないレベルまで希釈して振盪した液体に砂糖玉を浸して作られている。液体自体の分子構造が変化している可能性も無きにしもあらずだが、これは現在の科学においては考えられないことなので、ワイルはホメオパシーや他のちょっと怪しい代替医療について「信じる力」が強く作用していると考える。
そうなんだよ。信じる力の強さよ。治療者がガチで信じていた場合と信じていない場合、患者の治癒率が全く違うんだそうだ。これは何も代替医療だけに言えることではなく、通常のアロパシー医学においてもいえそうだよね。今は法律が変わって研究以外では使われていないプラセボも、当時は医学的には説明がつかないほど効いていたとか。
さらに本著では、後に研究の結果、治療効果がないとわかった心臓病の手術が高い治癒率を誇っていたことにも触れている。つまり患者は手術してもらったという事実に安心して、実際には何ら効果がなかった手術にも関わらず、自らの信心から病を治してしまったというわけになる。すごい。
というわけで信じると病気が治るよ、という話について実際の研究や論文、民間療法の不思議と高い治癒率などに触れながらまとめられている。また、医学はその時代によって流行があり、英雄医学の時代からの主流となる医学の変遷についても書かれていて、とにかくめちゃおもしろかったのでオススメ。というかTwitter(現・X)でどなたかがオススメされていて興味を持って読んだので感謝です。
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昨今のドラマについて。現実でいじめ問題が社会問題化してるから、たびたび学校ものに取り入れられている。これはいいとしても、メインとなる登場人物がいじめっ子たちを大声で叱る→いじめっ子たちが涙を浮かべて謝罪する→いじめられっこ子は「一生許さない」orなんだかんだで和解してめでたしめでたし、みたいな流れが多いけど。2年くらい前から、こういうのが増えたと思う。
これ、いじめに遭っている当事者はどう思いながら見ているんだろう。
スカッとするんだろうか。こういうことになればいいのになって思うんだろうか。白々しいと思わないんだろうか。
そもそもいじめっ子が素直に謝るわけないし、何なら親を現場に巻き込んで味方につけていろいろやってきて学校も協力しないし有耶無耶にしようと頑張る老害教師たちがわんさかいて、メディアに取り上げられたらようやく重い腰を上げるってのが現実ではないのか。
しかもいじめられっ子のほとんどって泣き寝入りしてるよね? 果たしてそういう正義を振りかざしたドラマが、その人たちの希望になっているんだろうか。ドラマのあの無駄に熱いキャラの怒号とか。怒鳴り声って普通、嫌なものでは。たとえそれが自分を味方する人が発したものだったとしても、なんで静かに淡々と話せないの??? 怒鳴らなきゃ届かないって思ってるの? って思ってる人多いと思う。しかも怒鳴り声って、大事な内容よりも怒鳴り声の恐怖に集中させるよ。だから内容は相手の頭に入っていかないよ。
元気な人たちは正義の怒鳴り声大好きなんだろうなーって思っちゃった。いじめられっ子って大きな音、嫌いだと思うよ。自分が不当に怒鳴られてきた人も多いと思うから。ここでもまた当事者が置き去りにされた脚本なんだなあと。そんなことをとあるドラマを見ながら残念に思った次第。