『法廷のピエロ』を読んだ。



2019年に起きたALSの女性に頼まれ自死幇助した大久保医師と、『私の夢はスイスで安楽死』の著者であるくらんけさんの共著。10月に二審が迫っているので緊急出版された。読んでみると大久保医師の手記でいくつかまだ未収録のものがあるようなので、続編も出るのかな。

この事件はALS発症から8年でほぼ末期の状態かつ、閉じ込め症候群が近い患者Aさんに頼まれて大久保医師が自死を手伝ったというもので、大久保医師は一審で懲役18年の判決を受けている。は? 長すぎ??? と思ったら、どうやら共犯者の山本氏の実父殺害の主犯にされてしまったようで、これが加わってかなり長めの判決をくらってしまったとのこと。

亡くなったALS患者AさんのX(当時はTwitter)アカウントが残っていて、周りとの関係も良くなく環境も悪く、担当医師から虐待されていたかのような書き込みも見られた。

そのため本人が強く死を希望しており、殺人事件とするには無理筋だと思っていたけど、検察というか国は絶対安楽死を推進したくない思いから重罰とした。

なんか世間の人たちはすごい勘違いしてるみたいだけど、苦しまずに鎮静させてもらって死ねるとは限らないよ??? 苦しんで死んでいった人を見たことないのかな。親族とか。医療従事者は知ってるはずだけど。叩かれるから口にはしないだろうけど。鎮静って難しいからヘタは医師も多いし、そもそも理解ない医師もいるし、まじで医師ガチャだよ。

先日話題になったスイスで安楽死を完遂した40代女性は、自身のXで鎮静は入院のみで通いでは無理だと医師から言われ絶望→スイスで安楽死を決断した、みたいな流れがあったと思う(直接的だったかは忘れたけど)。

だから、この国では何ごとにおいても我慢が美徳とされるので、死ぬほどの苦痛があってもドロドロぐちゃぐちゃになるまで頑張ってからじゃないと死ねないし、一番近い身内も「ギリギリまで頑張ってくれました!!!!」なんて言っちゃうホラーがまかり通ってる。毎度のことながら、あの類のコメントまじでホラー映画のそれよりも怖いんだけど。分かって言ってないだろうからなおさら怖い。

それを知ってる人の一部は、だから安楽死を合法にしてって叫んでるのに、国はどうしてか耳を貸さない。というかまあ、重病の人たちが自分たちが真っ先に対象になったら嫌だから必死で反対してるって背景もあるんだけど、大丈夫、ホロコーストを忌み嫌うあたまのよさげな国民たちはあなたたちを見捨てるなんて外聞の悪いことはしないから心配しないで。

それよりも、おだやかな気持ちで死に向かいたいというごくごく普通の願いが叶えられないこの国はおかしいのだけど、誰も自分のことじゃないし(でも将来あなたのことになるんだけど)たたかれたら嫌だしって、見ないふりしてる。

そこに一石を投じたのが大久保医師だった。

本作では大久保医師が幼少期に母親らから心理的虐待を受けていたことや医師になっても生きづらさが常につきまとっていたこと、操作性の高い山本氏のいいなりになっていたこと、やりとりのメールでは相手のテンションに合わせていたために支配関係が捉えづらいものとなっていることなどがつまびらかに書かれている。

そして、大久保医師は語彙力はあっても自身の思いを相手にうまく伝えることが苦手なようで、そんな彼の言葉をうまくくらんけさんが引き出すという構成になっている。

くらんけさんは、前作『私の夢はスイスで安楽死』でご自身のスイス渡航の経験を赤裸々にレポしていた。その際の秀逸な言葉選びで読者をうならせたことは記憶に新しい。聡明で分かりやすい言葉で何をどう思っているか、大衆の本心はどうであるのか、世間の目はどんなふうなのかを丁寧に説明することに長けたノンフィクション作家だ。

本作でも順を追って説明することが苦手な大久保医師をフォローしながら、今回の事件の核心や問題点は何だったのかを明らかにしていく。

なお、本作で明らかにされていたけど大久保医師には場面緘黙があり、法廷ではほぼ発言ができなかったそうだ。ASDの診断も下っているのなら、法廷では障害者への配慮が絶対的に必要だと思うんだけど判事は何してんだろう。というか弁護士もそのあたり精神科医を招致して説明させたらと思うのだけど。企業向けではあるけど障害者差別解消法案では合理的配慮が義務となったんだから、法廷でも当然適用されなきゃおかしくない?

本作を読み終えて、大久保医師への印象はかなり変わった。メディアは冷酷な悪鬼みたいな感じで報じてて、一方でちゃんと調べた人たちも何考えてるかわかんないクールなエリート医師って思ってたんでは。私も信念を貫き通すアグレッシブな医師なんだろうなって思ってたけど、実際には違った。

卓越した能力を持ちあわせながらも、不器用で人付き合いが下手で、親には愛された実感がなく、周りの人間とうまくあわせるためにかなり無理をしているというタイプのようだ。しかし元来の性格は優しく、患者や困っている人たちに寄り添い続けた。その結果、事件にいたる。

山本氏との関係についてもかなり複雑。大久保医師は支配されていると感じていたようだけど、そうだったのかな。心のどこかで嫌いな感情は多かったかもしれないけど、長年交流のある存在として関係を断絶するのは寂しいと思っていたのでは。関係や相手の人格がどうであれ。

そういうのってあるよね。絶対性格合わないと思いながらも完全に切っちゃうのは寂しかったり。小学校とか中学からの付き合いだし……みたいな感じで。長年付き合うとなれ合いも出てくるし、昨日今日の関係よりも楽なこともある。人は孤独じゃ生きられないから。

大久保医師は結婚されていたけど(離婚済:当時のおつれあいのブログも全部読んだ)家族の話がほぼ出てこないところを見ても、家族の外に救いを求めていたのかなと感じた。だからといって相手は裏切ってるわけだし、かなり実際の関係性は良くないものだろうけど。

執行猶予がつくといいなとずっと思ってる、本当に。10数年前の事件については大久保医師は関与を否定してるけど、この感じだと騙されて主犯にされて口のうまい山本氏の思うツボな気はする。自死幇助についても本人が苦しくて死にたくて困ってるのに手を貸すことの何が悪いかわからない。ご遺族のインタビューも読んだけど、ゾッとする。想像力が欠如しすぎていて怖い。これが自分のことで、自分の家族がもしそうだとしたらもう自殺しかないよね。

ふと思った。えらい人たちのだいじな人が苦痛の中しねなくてもだえくるしんで、それでもしなせてもらえなくてころしてほしいって毎日毎日願いつづけるのをまのあたりにする日がきたらどうするんだろう。そのときになって後悔するのかなあ。想像力、大事。