映画「海抜」を見た。


海抜
三森晟十朗
2020-11-04


田舎の閉塞した海街と鬱屈とした若者たちの雰囲気が抜群に良い。そして何と大学の卒制とか。このテーマで制作したこともすごい。だって、めちゃくちゃ考えさせるでしょ、この映画。鑑賞者を。

主人公のヒロシは中学と高校の同級生の達也と健吾にいじられている所謂陰キャ。そんな達也たちと一緒にいるときに海の近くを中学の同級生である理恵が通りかかる。パシリのヒロシは、達也が理恵に会いたいというから声をかけにいく。自分は用事があるからあとで合流する、と。そして、理恵は達也と健吾に貸しボートの小屋でレイプされてしまう。夕方、小屋に行って理恵がレイプされている現場を見てしまうヒロシ。達也に「お前もやれ」と強要されてしまう。

数年後、成人式の帰りに中学の同級生で居酒屋に集まった際、理恵がレイプによって妊娠していたことを知るヒロシ。そして、当時と何ら変わらずトラブルメーカーの達也が元カノの凛子をトイレでレイプしている。達也は当時の恨みと今しがた聞いた理恵の妊娠の話で混乱し、理性を抑えることができずに瓶で達也を刺殺してしまう。

7年服役した後に出所し、凛子と一緒に暮らすようになるヒロシ。あるとき、もうすぐ子どもが生まれるという健吾がヒロシのもとに謝りにやってくる。もう12年も前のことだからなかったことにしようという。そんな中、偶然夫と暮らしていた理恵と再会する。理恵に謝るヒロシ。理恵はヒロシを許すという。しかし、別れた帰りにヒロシは車に轢かれてしまう。

もうね、始終暗くてどんよりとした作品だった。良かった。

この作品のキモは、最初の方で描かれていなかったレイプ現場でのヒロシの行動なんだよ。実は、ヒロシは達也に強要されて、理恵を犯していたんだよね。達也の命令によってのことなので被害者といえば被害者だけど、その場で死に物狂いで抵抗して理恵を連れ出して逃げることもできたのに、彼はしなかった。その後の自分の平和な学生生活と天秤にかけたのだろうね。

理恵はそんなヒロシを恨んでいたと思う。でも、それから4年経ってヒロシが達也を殺したことを知る。自分の事件が原因だと咄嗟に思っただろうね。だから、自分の人生を捨ててまで復讐したヒロシに恨み続けるなんていえるわけないよね……。

でもさ、普通は恨むでしょう。理恵は劇中でも描かれていたけど、本当に良い子っぽい。だからなおさら、あそこでヒロシを許さないと自分を許せなかった。帰り道の涙はたぶん、本当は許したくなかったたんだろうね。

被害者といえば被害者だけど、加害者側と同罪のヒロシが天というかそういう人生の流れのようなものに許されてしまったら、あの映画はここまで評価されていないと思う。ちゃんと落とし所として車に轢かれるというラストを持ってきた監督は偉いと思う。

あとねえ、理恵が妊娠したって聞いたときに自分じゃないって即答したヒロシ。それはずるいでしょ。たぶん達也を納得させるためにちょろっと入れただけで出してなかったからなんだろうけどさ、だとしても可能性はゼロじゃない。

本当は心の中でちょっといいなって思ってた女の子とやれるチャンスをみすみす逃したくなかった? 意地悪だから、そんなふうにも思った。だって、自分だけ逃げる、理恵を連れて逃げる、達也と健吾をボコボコにするっていういろんな選択肢があったよね。最後は無理にせよ、自分だけ逃げるほうがまだ犯すよりマシでしょ。理恵には恨まれるとしても、憎まれ方が全然違うと思う。抵抗して、その場で達也と健吾にボコボコにされるっていう選択肢もあるよね。だから自己保身のために犯したんだよ、ヒロシは。

そこをうっすらぼかして描かれたもんだから、見た人のレビューを見たらほとんどの人が「助けられなくて気の毒なヒロシ」みたにいに書いてた(わかる、犯してたとしたら全く同情できないよね……)。でも、だとしたらラストとか全く整合性のないシーンになっちゃうと思う。助けられなくて殺人までおかして服役してた元少年が、結局幸せになれないまま死にました、という話になってしまう。ただ助けられなかっただけで死という仕打ちを与えてしまったら、それこそ残念な作品だよね。あと、凛子に事件当時に3人で……って聞かれたときに反論しないってのが、そもそものアンサーかと。

だからこの物語は、いいなと思ってた女の子が学校の不良に犯されてるのを助けられないどころか強要されて自分も性加害に加担して苦悩していた少年が数年後に復讐し、服役し、苦しみを抱えがまま結局は因果応報で裁かれた話。理恵が気の毒すぎる。許さなくていいよ。許さなきゃ、自分が幸せになれないと思ったのかな。そんなことない。恨み抜いた先にある幸せもある。誰だよ、どんなことがあっても許すことで救われるって説いたやつ。もう令和だよ、黙っとけ。

そうそう、311の震災を挟んで描かれてるんだけど、もうちょっと死生観とかをセリフに落としこんでいたらいいのになあと思った。理恵の最後のセリフがあまりに残念で、なんというかもっと説明させるんじゃなくてさ、思い出話とか自分の記憶とか、ふと思ったこととかに、彼女のいいたいことをにじませたらめちゃくちゃいい感じのシーンになったに、とか思った。

監督は次の作品撮らないのかなー楽しみにしてる。